| 幼少時代 |
常磐津勝蔵の長女として柳橋に生まれる。幼少の頃より三味線、日本舞踊、クラシック・バレエを習得。15歳より小牧バレエ団の数々の舞台に出演。同時に俳優座に入所し演劇活動も始める。
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| 1959年 |
ピラール・ロペスの日本公演を観て激しく感動。単身スペインに渡る。数年に渡る修行の後、ラファエル・デ・コルドバ舞踊団に入団。世界各国の公演に参加する。
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帰国後、本格的にスペイン舞踊研究所を開所しクラシコ・エスパニョール、ホタ、フラメンコを教える。
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| 1969年 |
小松原庸子スペイン舞踊団結成。「血の婚礼」「ボレロ」「カルメン」「ロルカ詩集より-愛と月」「フラメンコ-その神秘と情熱」等を上演。また毎年多くの舞踊団、舞踊手、歌手及びギタリストを招聘し、日本各地で公演を行う。
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| 1978年 |
数々の実績が認められ、スペイン政府より"イサベル・ラ・カトリカ勲章"を日本女性で初めて受勲。
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| 1983年 |
天才画家ゴヤの作品「ゴヤ-光と影」を創作。その年の文化庁舞踊部門芸術大賞受賞。外国のスペイン舞踊団として初めてセヴィリャ、バルセロナ、マドリッド各市に招かれ公演。絶賛を博す。
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| 1986年 |
テアトロ・エスパニョールの招きにより「ゴヤ-光と影」を再演。10日間に渡る公演で各方面からの好評を得る。
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| 1987年 |
この年よりスペイン舞踊の発展と若手舞踊家の育成を目的とした本格的なフラメンコ・コンクール"ビエナル・デ・アルテ・フラメンコ・東京"を開催。マノロ・マリン、ホセ・アントニオ等著名なマエストロを審査員に招き、数多くの若きアーティストをスペインに送っている。
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| 1988年 |
"セビージャ・ビエナル・デ・アルテ・フラメンコ"に招かれミゲル・ナロス台本及び演出による自伝的作品「私はフラメンコを選んだ」を王宮アルカーサルにて初演し賞賛される。1989年2月再びマドリッドのテアトロ・エスパニョールの招聘により1週間の満員になる公演を果たす。
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| 1991年 |
画家フリオ・ロメロ・デ・トレスの絵画の世界を表現した作品「コルドバの詩」を創作、公演。翌1992年にはコルドバ市の招きを受け万博記念コルドバ芸術祭に同作品を上演し益々その評価を高めた。
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| 1993年 |
"小松原庸子スペインと30年"特別記念公演と題し「カルメン」を上演。12月にはガルシア・ロルカのジプシー詩集より「ドゥエンデ・デル・フラメンコ」を創作、上演。文化庁最優秀舞台に選ばれ翌年文化庁芸術活動推進事業として、スペインマドリード及びバルセロナで公演を行い度重なる賞賛を受ける。
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| 1996年 |
スペインマラガ、コルドバにて「ドゥエンデ・デル・フラメンコ」を上演。同年文部省より紫綬褒章を受勲する。
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| 1997年 |
文化庁の後援によりシンガポールで公演を行い、アジア方面でも活動を開始。
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| 1998年 |
再び文化庁芸術文化進行事業によりシンガポールそして初のニューヨーク公演を行い、成功を収める。
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| 1999年 |
舞団踊団創立30周年記念公演のフィナーレを飾り、舞踊団旗揚げ公演で上演した「血の婚礼」を振付も新たに上演。同年12月、‘92年セヴィリャ万博記念としてコルドバにおいて上演した作品「コルドバの詩」を演出も新たに「遙なるコルドバ」として上演。両作品とも文化庁舞台芸術振興事業の一環として公演。
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| 2000年 |
東京日比谷野外大音楽堂での恒例の「真夏の夜のフラメンコ」は30回目を迎え、野外フェスティバル始まって以来の大観衆の中大好評を博す。秋には文化庁芸術活動推進事業でニューヨーク、そして初のサンパウロ公演をスタンディング・オベーションの中大成功を収める。
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| 2001年 |
フラメンコの歴史を振り返る意欲作「フラメンコ過去 現在 そして・・・」を上演。各方面より高評を受ける。
スペイン・マドリッド、セビージャで公演、又、秋には日本全国を行い大好評を博す。益々意欲的で活発な舞踊活動を続けている。
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| 2002年 |
"小松原庸子とスペイン40年"の年に当り、スペインラ・ウニオンとグラナダ及び
サンパウロ公演。中でもスペインに於いても権威あるラ・ウニオン国際フェスティバルに招待を受け、外国人として初めて“フェスティバル開会の辞”を述べ、連日各メディアの取材を受けて、このフェスティバルを賑わした。そして絶賛の中「血の婚礼」を上演。
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| 2004年 |
舞踊団創立35周年を迎え、多くの記念事業を企画。益々意欲的で活発な創作活動を続けている。
今日までの文化芸術の功労が認められ、旭日小綬章を受章。
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| 2005年 |
アンダルシアの文化、慣習に情熱を傾けている事への感謝を受け、アンダルシア州知事より「金の記章」を受ける。
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| 2006年 |
スペインに於いて優れた芸術家に贈られるAPDE賞、及びフラメンコの最も権威ある「コンパス・デル・カンテ」という二つの栄誉ある賞を同時に受ける。又日本に於いては東京新聞より舞踊芸術賞を受賞。
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